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横浜地方裁判所 昭和46年(行ウ)6号 判決

神奈川県足柄上郡松田町神山八九番地

原告

中村誠一

小田原市本町一ノ二ノ一七

被告

小田原税務署長

浅香喜平

右指定代理人

伴義聖

坂田孝志

丸山喜美雄

丸森三郎

内海一男

高崎久男

右当事者間の更正課税処分取消等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、「被告が、原告の昭和四三年度分所得税について、昭和四四年一〇月三一日付でした更正処分のうち、国税不服審判所長の審査裁決によつて維持された部分は、これを取消す。」との判決を求め、

被告は主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四四年三月一四日被告に対し、昭和四三年度の所得税について、別表A欄記載のとおり、総所得金額を三六万四、八三四円、課税所得金額、所得税額はいずれもゼロとして、確定申告したところ、被告は昭和四四年一〇月三一日付で原告に対し、同表B欄記載のとおり、総所得金額を四三六万五、八一四円、課税所得金額を三九三万七、〇〇〇円、所得税額を一 四万四、一〇〇円と更正する処分をし、かつ過少申告加算税五万七、二〇〇円の賦課決定処分をした。

2  原告はこれを不服として、昭和四四年一一月四日被告に対し異議申立をしたが、被告は同年一二月一日これを棄却したので、さらに同月一〇日東京国税局長に対し審査請求をしたところ、昭和四五年八月五日付で、同表C欄記載のとおり、総所得金額二五一万四、九九二円、課税所得金額二〇八万六、〇〇〇円、所得税額四五万五、一〇〇円、過少申告加算税額二万二、七〇〇円とする国税不服審判所長による裁決があり、同月二一日にその送達を受けた。

3(一)  被告が本件更正処分をした理由は、原告が昭和四三年八月一六日、その所有の神奈川県足柄上郡松田町神山字下川原二四二番地の四宅地二三六・一七平方メートルの中の一四八・五一平方メートルの土地および同地上の建物、立木等(以下、本件資産という。)を、高速自動車国道東海自動車道(東名高速道路)の建設に関して、訴外日本道路公団(以下、公団という。)に譲渡し、公団から補償金合計九〇〇万円を受領したことにより、別表B欄記載の金額の譲渡所得および一時所得が生じたというものである。

(二)  原告が被告の主張するような内訳の補償金を受領したことは事実であるが、右補償金のうち、営業休止に対する補償金三〇万八、一〇五円を除く金額については、租税特別措置法(昭和四四年四月八日法律第一五号による改正前のもの、以下同じ)三三条の二、一項が適用されて、全額が特別控除され、課税の対象となるものではない。

(三)  即ち、原告が本件資産を公団に譲渡したのは、前記のとおり昭和四三年八月一六日であつて、公団から買取りの申出のなされた昭和四一年九月二〇日から形式的には六か月以上たつているけれども、それは、公団が昭和三九年六月一〇日に物件調査を完了して原告に対して七〇〇万円以上という移転補償額の内示までしておきながら、東名道路松田町対策委員会や同町地権者会ら、有利に補償を得ようと企図して原告の協力を快しとしない第三者の介入に会うや、原告との交渉を一方的に中止し、他の者との交渉を進めて原告をあと回しにしたこと、前記買取り申出の後、あくまで協力を本旨とする原告が公団と和解交渉によつて時日を経過し、昭和四一年一〇月七日に公団が示した補償額四一三万六、〇〇〇円は、前記内示額の五分の三にもならない不適正な金額であつて、しかも塩や酢の小売等の店舗に使用し、登記上も店舗となつている建物を専用住宅と認定して、休業補償を認めず、昭和四二年一〇月一九日になつてやつと休業補償をも認めて原告と和解解決したこと等、東名高速道路の建設に当初から協力してきた原告の誠意を、公団がふみにじつたことによるのであつて、原告に協力の意思があるにもかかわらず、このような特別の事情により、やむなく譲渡が六か月以上遅延した場合には、租税特別措置法三三条の二の趣旨に照しても、同条を適用して然るべきである。

(四)  又、公団からの買取り申出が、事業認定の告示のあつた昭和四二年六月二三日以前になされているという違法も存する。

4  よつて、被告の本件更正処分は違法であるから、その取消しを求める。

二  答弁および被告の主張

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3(一)の事実は認め、(二)、(三)の主張は争う。(四)のうち、事業認定の告示が昭和四二年六月二三日になされたことは認める。

3  本件更正処分(但し、一部取消の裁決により減額されて残存する部分)の根拠は次のとおりである。

(一) 原告は、神奈川県足柄上郡松田町字下川原二四二番地の四所在の宅地および地上建物に居住し、酢の製造販売を営んでいたところ、公団との間で、その所有の右土地を地上物件収去の上譲渡する旨約し、昭和四三年八月一六日、神奈川県収用委員会において土地収用法五〇条所定の和解調書が作成された。

公団は、右土地を東名高速道路の新設工事およびこれに伴う附帯工事ならびに関連公共施設の付替工事事業のために使用する目的で譲受けたものである。

(二) 原告は右和解の結果、公団より次のような補償金を受領した。

(1) 土地に対する補償 一八四万五、六八二円

(2) 残地補償 三三万七、七五三円

(3) 建物移転料の補償 四七〇万四、六〇〇円

(4) 工作物移転料の補償 五三万八、二二〇円

(5) 立木移転料の補償 六万六、九七〇円

(6) 動産移転料の補償 一二万八、一八〇

(7) 仮住居費用の補償 八二万二、三九〇円

(8) 移転雑費の補償 二四万八、一〇〇円

(9) 営業休止の補償 三〇万八、一〇五円

合計 九〇〇万円

(三) 右補償金のうち、(1)ないし(5)の補償金合件七四九万三、二二五円は、収用等の目的となつた資産の対価たる金額(対価補償金)であり、譲渡所得の収入金額を構成するもの、(6)ないし(8)の補償金合計一一九万八、六七〇円は、収用等に伴ない資産の移転に要する費用の補填に充てるものとして交付される補償金(移転補償金)であり、一時所得の収入金額を構成するもの、(9)の補償金は、収用等に伴ない、その営む事業について、収益の減少または損失の発生の補填に充てるものとして交付を受ける補償金(収益補償金)であり、事業所得の収入金額を構成するものである。

しかるに原告は、(1)ないし(5)の補償金については租税特別措置法三三条の二、一項の規定が適用されることを理由に、(9)の補償金についてのみ事業所得として申告をした。

しかし、本件資産の譲渡は、公団による資産の買取りの申出の日である昭和四一年九月二〇日から二年近く経過した昭和四三年八月一六日になされたものであつて、同条二項一号に該当し、同条一項は適用されるものではない。

よつて、原告の審査請求に対する裁決においては、申告書に添付された「特定公共事業用資産の買取り等の証明書」収用委員会との「和解調書」等の書類を検討したうえ、(1)ないし(5)の補償金については同法三三条の規定を適用して譲渡所得金額を算定し、また(6)ないし(8)の補償金については一時所得として一時所得金額を算定されたものである。

(四) なお原告は、その確定申告において扶養控除額三名分を二三万二、五〇〇円(一名当り七万七、五〇〇円)と計算したが、昭和四三年当時施行の所得税法八四条二項および同四三年法律第二一号改正の附則三条の規定により、三名のうち一名の控除額は八万円であるため、被告は、原告の申告にかかる扶養控除額を二三万五、〇〇〇円とし、右扶養控除額に、争いのない社会保険料控除一万五、六〇〇円、生命保険料控除二万〇、四〇〇円および基礎控除一五万七、五〇〇円、計一九万三、五〇〇円を加算して、所得控除金額を四二万八、五〇〇円とした。

(五) 以上のとおりの根拠によつて課税処分がなされたのであつて、原告所有の資産につき、資産の買取りの申出の日から六か月を大幅にこえてなされた譲渡に対し、租税特別措置法三三条の二、一項を適用しないこととした被告の処分は正当である。

4  原告は公団に対する資産の譲渡が延引したのは、第三者の妨害等の特殊事情によるものであるから、同法三三条の二、一項の適用を認めないのは違法であると主張するが、同条による課税の特例が設けられたのは、緊急を要する公共事業等の工事促進のためには用地等の買収を極めて短期間に、かつ円滑に行なうことが必要であるとの政策要請によるものであつて、買収交渉等の遅延を防止するため買取り申出の日から一定期間内に資産を譲渡した場合に限つて、その特例を認めることとしたものであり、原告主張のような、当該資産の買取り申出に対し協力したかどうか、あるいは第三者の妨害をうけたため資産の譲渡が遅れたかどうか等の事情は、多分に主観的なものが含まれており、その認定に困難が伴なうことから、同条の明文からも明らかなとおり、何ら考慮されないものであつて、原告の右主張は失当である。

第三証拠

一  原告は、

甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一ないし五、第四号証の一、二、第五、六号証、第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし三、第一〇号証、第一一号証の一ないし三、第一二号証、第一三号証の一、二、第一四号証の一ないし三、第一五号証の一、二、第一六号証の一ないし三、第一七号証の一、二、第一八ないし第二〇号証、第二一号証の一、二、第二二号証を提出し、

証人宇井儀一、同若林正二の各証言、原告本人尋問の結果を各援用し、

乙第一号証の五、六、第二号証の四の成立はいずれも不知、その余の乙号各証の成立は認める、と述べ、

二  被告は、

乙第一号証の一ないし八、第二号証の一ないし四、第三号証の一、二、第四号証の一、二を提出し、

甲第八号証の一、三、四、第九号証の一ないし三、第一〇号証、第一一号証の一ないし三、第一四号証の一ないし三、第一九号証、第二一号証の一、二、第二二号証の成立を認め、甲第一六号証の一ないし三、第一七号証の一、二、第一八号証については、いずれも、郵便官署作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知、甲第五号証の原本の存在および成立は不知、その余の甲号各証の成立はいずれも不知、と述べた。

理由

一  原告主張の経緯によつて本件更正処分および審査裁決がなされたこと、公団からの本件資産の買取り申出が昭和四一年九月二〇日になされ、原告は昭和四三年八月一六日に本件資産を公団に譲渡し、被告主張の内容の補償金合計九〇〇万円を受領したことはいずれも当事者間に争いがない。

二  被告は右譲渡が公団からの買取り申出後六か月を経過した日までになされておらず、従つて租税特別措置法(昭和四四年四月八日法律第一五号による改正前のもの)三三条の二、二項一号に該当するので、同条一項の特別控除の規定の適用はないと主張し、原告は、右期間の徒過はひとえに公団の不誠意および第三者の妨害によるものであり、原告は終始公団に協力し結局公団との間に和解が成立したのであるから、同条一項が適用されて然るべきであると主張するのであるが、そもそも、同条は公共事業の工事促進のためには、その用地等の買収が短期間に、かつ円滑に行なわれることが必要であるとの趣旨から、そのための税制上の特別措置として、事業施行者からの買取り申出の後、一定期間内に資産を譲渡した場合には、その補償金に対する所得税については、一定金額までを一律に特別控除するというものであり、従つて、右期間の徒過理由如何は同条の適用の有無につき原則として考慮されないものと解するのが相当である。

そして、期間の徒過にかかわらず同条を適用すべき特段の事由として認めるに足る事実は、本件全立証によるもこれを認めるに足りず、仮に原告主張のように、公団の不誠意あるいは第三者の妨害があつたとしても、それらの者に対して、右税制上の優遇措置を受けられなかつたことによる損害の賠償を求めることは格別、課税上は、譲渡が六か月の期間を徒過している以上、もはや同条一項の適用はないものといわねばならない。

なお、公団からの買取り申出が、事業認定の指示がなされる前になされたことは当事者間に争いないが、右事業認定は、土地収用法に基づく強制収用のための一手続であつて、その履践の有無が、任意買収たる買取り申出の効力に影響を及ぼすことはなく、従つてこの点に関する原告の主張は、本訴請求について何ら意味をもたない。

三  以上により、その余の点につき判断するまでもなく、原告の租税特別措置法三三条の二、一項が適用されるとの主張は理由がなく、被告がその適用を否定したことは正当であり、結局、被告の更正処分の取消を求める本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 立岡安正 裁判官 新田圭一 裁判官 西島幸夫)

(別表)

〈省略〉

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